車谷長吉「桃の実一ヶ」を読む

本棚を整理し、処分する本を選り分けていると、数年前に読んだ文庫本が目にとまった。車谷長吉著「飆風」。タイトルも2文字でとてもシンプル。

整理そっちのけで、本を開く。目次が目に入る

目次

 桃の実一ヶ

 密告(たれこみ)

 飆風(ひょうふう)

 私の小説論

 解説 清水哲男

 

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書き出しからどギツイ(これぞ、車谷長吉という感じだ)

播州訛りの書き出しからはじまる。

 どこの家(ええ)でも、何度かどいうことがある。因縁がある。呪いがある。悪いことがある。思うように行かへんことがある。娘を嫁にやったら、そのうちに腹に子ゥが出来(でけ)るが。ほんならそのうちにお産や。丈夫な子ゥが生まれたのに、出産と同時に母親が死んでまうことがあるが。その逆に母親(はおや)は元気でも、遺伝子に障害のある子ゥが生まれたり。いろいろ言うことが出来(でけ)る。この世は恐(おと)ろしいでェ。

堂々と、「遺伝子に障害がある子」と書いてしまう。

車谷長吉芥川賞に落選したときに「芥川賞の選考委員に対して神社に藁人形を打ちに行く」という短編を書く作家。

 

桃のみ一ヶは、老女(主人公の母)の語りと言う形で進む。

 

うちがこの家(ええ)に来たんは、昭和十八年五月。戦の中や。

老女が嫁ぐ8年ほど前に、常次郎という人が死んだ。常次郎は嫁ぎ先(夫)の祖父の弟。小説ではこう書いている

生まれつき頭が誤邪(ごじゃ)で、つまり脳に欠陥があって、絶えず涎垂らしとって、言葉は言えへん、それだけやのうて、足腰もたたへん人で、一生寝た切りやったんやと。気の毒な人や。今で言うたら重度の心身障害者や。一生苦しんだんや。

 

主人公の父が吃り(吃音症)なのは、この常次郎の祟りや因縁といい、主人公の受験の失敗も、主人公の兄弟の受験の失敗もその祟りのせいだと言う。

 

この受験の失敗により、兄妹それぞれが転落していく

「響子」「礼治」「主人公」それぞれの転落が語られる。転落の語り口もなんとも言えない雰囲気があるので、是非読んでほしい。

主人公の場合はこんな感じ

こんどはおまはんが東京から無一物で帰って来た。折角、大学出して上げて、会社員になってくれたと思とったのに。二十五で何の当てもないのに会社辞めてもて、三十で無一物や。つまり逃げ帰って来たんや。うちは銭をよう稼がん男は、ごみや思た。国道に沿うて地上げしてある場所に、ようけ廃車(スクラップ)になった自動車が積み上げてあるやろ。うちは、あんたあれやと思た。けど、わいはこれから疾風怒濤の人生を生きて行くんや、どうあっても文士になりたい、言うて。芥川賞が欲しい、直木賞が欲しい、言うて。そななこと言うて人は、普通は逃げて帰って来うへんわな。ド阿呆が。

・・さらに続く

ちなみに、車谷長吉は会社を辞めて無一物になってしまったことがある。

 

そして、この老女(主人公の母)は「宗教狂い」で、兄弟が転落したのは、「悪い因縁(常次郎の祟り)のせい」で、それを払うために、100萬円を陰陽師に渡して祈祷をしてもらう、その際に桃の実を投げた。他にもいろんな宗教にお金を渡して来たようだ。

 

そして、ようやく気づく・・・

 

文庫本13ページほどの短い文章なので、すぐに読み終わってしまうので、読んでみて欲しい。

 

「書くこと」の因縁や祟り、恐ろしさを伝える。とにかく、あくが強い。

  

飆風 (文春文庫)

飆風 (文春文庫)

  • 作者:車谷 長吉
  • 発売日: 2009/06/10
  • メディア: 文庫